内なる野蛮

 いつからだろうか。自分に対して不利益をもたらす人間をどうにかしてやりたいという衝動にかられることが、よく頭の中に浮かんでくるのである。簡単に言ってしまえば、その人間をこの世の中から抹殺してしまいたい衝動だ。そんなことを、やってしまえば反社会的行為であり、法的に処罰される。仮に完全犯罪ができたとしても、人の道を外した野蛮を引きずり、孤独にさいなまれながら生きなくてはない。

 しかし、そのストーリーを頭の中で私は反復し、時には数十人の輩を抹殺して妙なカタルシスを味わう。所詮想像だけなのだから誰にとがめられるわけでもなく、人の道を外したわけでもない。その抹殺したい輩どもの名前を人に漏らしたわけでもなく誰にも勘ぐられることもない。
 政治家、企業人、仕事上の対人関係が私の中で餌食になるのだ。そのときの想像は時として、つまらないバイオレンス映画をしのぐ光景が広がっている。こうした観念に取り付かれるのは狂気なのかも知れない、しかし、人間に生まれたから持ちえる内なる野蛮なのかもしれない。
 
 我々日本人は殺し合いを繰り返しながら、近代日本を生み出した。そして近代日本はついには海外と殺し合いを繰り返し現代日本を生み出した。今を生きているのは、その殺し合いに運よく助かった末裔である。戦争という殺し合いは、多くの命を抹殺する。そして、今でも実際に戦争によって命が抹殺されている。
 個人的な怨念で人を抹殺することと戦争で抹殺されることは、何処が違うと言うのだろうか。答えは、圧倒的な武力で国家間で行われる戦いであり、常に民間人を巻き込んでいることだろうか。戦争という野蛮もまた人間が行っていることには違いはない。

 内なる野蛮、狂気は誰しもが持つものだろう。ひょっとするとあなたの中にも抹殺したいと思う人がいるのではないだろうか。戦争という野蛮に比べれば、たわいもなく小さい。しかし、確実に内なる野蛮、狂気は私の中で小さな炎してくすぶっていることも確かだ。けれど、その炎は外には出て行くことはない。理性という強固なものによって私は狂気を包囲しているからだ。

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与太郎は死ぬしかないか。

  ようやく猛暑から開放されて、やれやれといったところだ。秋はものを考えるのには良い季節だと私には思える。
 二年近く前になるが、本を書くぞなどと自分の中で意気高揚していた時期があった。とりあえずは、二作を目指した。手を付けなくてはと思っている。しかし、この原稿が二作もあるのにも関わらず、何もしないでいる私に私自身うんざりしている。

 普通に生き抜いて、無難に人生を終えられたらという気持ちもあるが、何がしか世間に業績を残し、名主、著名人となることもやぶさかではないとも思っている。だから、少しでも頑張ろうという気になってきているのは確かだ。

 しかし、ここ何年か頭がフリーズというか、普段やっていることも億劫になってしまい実質的には何も生産していないことが事実としてある。世間的には何かと取り付くって、ごまかし、ごまかし、人に悟られぬように息を潜めじっとしていたといって過言ではない。

 このような輩が名主、著名人になれるわけもなく、貧乏神に取り付かれたまったく役に立たぬものなのだろう。落ち葉にでもなれば、焼き芋を焼くことにもできようが今の自分には焼き芋さえ焼けぬ落ち葉にさえなれない。
 不良中年というか、うつろ中年というか、今の自身はさしずめ、うつろに流れいく秋雲を眺める与太郎だ。
 
 この浮き草人生を早く切り捨てたい。しかし、なかなか切り捨てることはできないで、もがいている。
 
 世の中の人はほとんどが普通に生きて無難に死んでいくのがほとんどだろう、普通に死ぬ中にはいろいろなドラマがあって、残された人達が悲しむのは明白である。
 

 いま、自分が死んでしまっては、まだもったいない。と私自身は思っている。この先の可能性も含めてだ。それが、天命であれば仕方ないが。。。。

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暑中お見舞い申し上げます。

 前回書いた、「最近の天気は?」で、【今年の夏は、太平洋高気圧の張り出しが悪く、北日本、東日本ともに夏の日照が悪く、すっきりしないとの天気予報をテレビで見ました。】などと書き記したわけですが、見事に裏切られたような夏になっています。

 天気予報に一杯食わされました。最近の気候変動にきちんと対応できないと、命をとられかねません。熱中症や集中豪雨による水害などなど。農家では高温による農作物の被害が深刻のようで、野菜自体の値段も上がってきています。

 今後の天気の長期予報はどうなっているのか、気になるところです。聞きかじりの天気予報を書くと信用に関わるので、ブログに書くのも考え物です。

 とにかく、うだるような暑さがいつまで続くかは判りませんが、皆様、どうぞ熱中症などに罹らぬように、どうぞご自愛のほどを。

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最近の天気は?

 梅雨に入ってからしばらく経ちましたが、今年は関東地方はそんなに雨が多くない気がします。空梅雨になるのかどうか判りませんが、適当に雨が降ってくれないと、水不足が心配です。最近は足が遠退いていますが、よく汲みに行った、山の湧水の量が減少しているのではないかと思っています。

 今年の夏は、太平洋高気圧の張り出しが悪く、北日本、東日本ともに夏の日照が悪く、すっきりしないとの天気予報をテレビで見ました。
 本来ならば、梅雨は梅雨らしく雨が降って、夏はからっとして暑くなるという前提がだいぶ狂ってきています。これも温暖化が影響しているのではないかと考えさせられてしまいます。猛暑も嫌ですが、はっきりしない夏というのも嫌なものです。

 とにかく、最近の天気には、幼かった頃の天気と大きく外れ、安定した天気などなくなってしまっているのだと感じることが多くなってきています。観測史上初なんてことが、ごく当たり前のように記録される昨今、驚くことさえなくなってきている人も多いのではないでしょうか。
 
 気候の変動は温暖化がもたらしていることは間違いないと思っています。偶然にこの数十年、気候変動の触れ幅が大きくなっていると考えるのには無理が多すぎるからです。

 今後、地球上の全ての場所が、天気によって大きな影響を受けるのは間違いありません。地球温暖化をどう、くい止めるかが我々人類に課せられた課題ではないでしょうか。

 お天道様だけが、未来の気候について知っているのかもしれません。

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木の芽時

 先日の金曜の晩から明け方にかけて、東京では薄っすらと雪が積もったようです。全く季節はずれで、41年ぶりだったそうです。

 ゴールデンウイークへとまっしぐら。季節が落ち着いてくること良いのですが、こればかりはお天道様しか判らないのかもしれません。

 自宅の楓や柿の木も芽を吹き出し、藤の花も少しづつ大きくなってきています。こんな陽気のことを木の芽時なんてよく使ったようですが、いっせいに木の芽が吹き出すこの陽気は実に気分が良いものです。5月へ向けて一気に新緑が目に鮮やかな季節です。どこかに行楽に行きたくなるものです。
 
 木の芽時には、この暖かさゆえなのか、よく判りませんが昔から気がおかしくなるようで、「木の芽時だから変なのが多くなっちまって・・・」なんてよく言われてました。
 木の芽時、ちょうど季節の変わり目です。寒い冬から暖かい季節に一気に変わっていくわけですから体が中々ついていけない。精神も同じく体に関係しますから調度、軽い鬱状態のようになったりするんではないでしょうか。人間の体の中で生産されるホルモンにも関係があるのかもしれません。

 木の芽時、私は季節的に好きです。これからシ~ンとしていた山が一気に芽吹いてパワーにみなぎってくる感じが良いですね。
 この1年ほど山に行っていないので、なんだか足を運びたくなる今日この頃です。手じかな登りなれた山にでも、陽気が落ち着いた頃、新緑で美しい季節に山に出てみたいものです。

 もう四月も半ばを過ぎました、2月から何の変化のない日々を送っていましたが、新緑同様に私も芽を伸ばしていけたらと思います。

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